高橋 大輔(横浜平沼橋)

高橋 大輔
名前
高橋 大輔(たかはし だいすけ)
生年月日
昭和53年7月11日
出身地
福島県福島市
好きな言葉
「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」(稲盛和夫)
資格
2級建築施工管理技士
無添加住宅プレミアムプランナー
無添加住宅認定プランナー
無添加住宅検定
無添加住宅コンストラクター
好きなこと
ROCK(学生時代はバンドを組んでました)、スノーボード、フットサル。
私は代々続くそば屋の長男として福島県で生まれ育ちました。自分も当然そば屋を継ぐものだと思っていたのですが、高校生になった頃、父から「そば屋は継がずに大学に行け!大学に行って好きな事をやれ!」と言われたのがきっかけで、将来について悩みました…自分が本当にやりたい事ってなんだろうと人生で初めて真剣に自分と向き合いました。幼い頃からモノづくりが好きだった私は、モノづくりの仕事がしたい!どうせ作るなら大きなモノを作ろう!そう思いたち、建築の道を志したのです。
高橋宅
大学を卒業してからは、今の時代ビニールクロスに合板の家が当たり前と思って地元ビルダーで仕事をしていたのですが、住んでいた新築のアパートが原因で私自身「喘息」にかかってしまいました。苦しくて眠れない日々が続き悩んでいたある日、秋田憲司氏の書籍「無添加住宅」に出会い、読んだ瞬間衝撃が走りました。これはお客様に勧めるよりも先にまずは自分が建ててみたい。自分の喘息が改善されたなら、自信を持ってお客様へお勧めできる!そう決心し、29歳の時に無添加住宅で新築しました。引越してみてビックリです。まるで嘘のようにピタッと喘息が改善され、苦しくて眠れないようなことはなくなりました。やはりこれは本物だ!と実感した私は、自分と同じようにシックハウスで苦しむ人が出ないよう、無添加住宅のみをつくっていくことを強く心に決意しました。

もうひとつのターニングポイントが、東日本大震災です。当時、私が住んでいたのは福島県郡山市でした。震災による建物の被害はありませんでしたが、原発事故の影響で家族が離れ離れになってしまったのです。私自身、震災後のお客様のフォローで、てんてこ舞いになり、一ヶ月以上会えないこともありました。震災から一年が過ぎ、仕事は落ち着いてきましたが、離ればなれの生活は相変わらずでした。せっかく建てた家を手放したくはないけど、このままの生活を続けてよいのだろうか?」と真剣に悩みましたが「無添加住宅は頑張ればもう一度建てられるけど、家族との時間は戻ってこない!」そう思った私は、福島を離れる決断をしました。今度は、この地でもう一度、無添加住宅の自宅を建てることを目標に日々仕事に励んでいます。

震災以降、住宅の耐震性能についてとても気にされているかと思います。私は現地で、たくさんのお客様のフォローに携わり、どんな家が震災の被害を受けたのかをその目で見てきました。また、震災の後には電気も水道もストップし、給水車にはたくさんの行列が出来るなど生活に関する影響も実際に体験しました。
大震災そして、その後の生活を東北で身をもって経験した私にしか出来ない提案であなたをサポートします。
ものづくりが好きな私は、今まで全てのお客様の間取りやデザインを自ら手がけてきました。合格率20%と狭き門である無添加住宅認定プランナーも一発で合格し、無添加住宅の生みの親である秋田氏 直々に設計・デザインを伝授していただきました。さらに、毎年開催される無添加住宅代理店総会の設計コンペでは多数の出展の中、全国3位を受賞しました!  お客様へ間取りを提案するときは、いつも妻に見せては「自分たちの家だったらどうする?」と妄想を膨らませたりしています(笑)そのように毎回自分の家をつくる気持ちで設計をしていますので、「オシャレなお家に住みたいわ!」とお思いでしたら、私にお任せください。まるでオシャレなカフェのように素敵な無添加住宅であなたに感動をお届けします!
takahashi04

takahashi03
設計コンペ受賞作品
takahashi05
雑誌「&HOME」に私の設計したお宅が掲載されました。
takahashi06